いのうえメモ

時々、投稿しています。思ったことを書きます。自分用メモになりがち汗。

本当は

何度も人に言われたようにタバコを止める努力をしないといけないんだと思う。

今まではそんなのはありえないと思ってたが、そろそろ人の話に耳を傾けないという姿勢を止めると共にタバコを止めていかないといけないかな。

 

本当は吸い続けてたらいつか後悔するとわかっている。

依存してタバコなしではいられなくなるから、それに自分はニコチンが切れるとイライラを抑えられなくなるから。

 

続けていたらいつか自滅、破滅する。

 

だからこれからは、来年からは人の話を自分の考え方に加えていくという姿勢で行くことを目標にする。

タバコを止めることも検討していく。

 

来年は今まで以上に良い変革の年にしたい。

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p.s.自分は幼い、もっと人のことを考えて調和を持てるようにしないといけない。自分中心に物事を考えないで。

――

今年を一言で言うなら"タバコ"だと思った

 

タバコを初めて吸った年で、一月に吸い始めたが今ではタバコの存在はかなり大きくなった、苦しめられた時もあったけど、助けられた時もあった、おそらくこれからの人生にも続いていく流れだと思う。

これからもきっとお世話になる。

 

 

 

 

 

 

さて、クリスマス・イブだけど。

自分は例年のごとく一人!(超大泣き)

 

 

 

それだけ(大泣き)

 

 

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p.s.あとでコンビニに行き、自分へのクリスマスプレゼントを買う。

買うものは青ホープを一つの予定。

 

年を跨いでから更にp.s.一言ならタバコと言ったが二十歳になって成人した年でもあり、初めての出来事もたくさんあり書くと大量になるような色々なことがある年だった。少なくともタバコを吸い始めたという一言だけでまとまるような年ではなかった、読み返してそれだけは書いておきたくなった。そして宣言通り青ホープは買いました(笑)(1/17)

さっきの記事から立て続けに吸っているのは

ウィンストンキャビンレッド5mm。

 

久しぶりにタバコのことをブログに書く

 

このタバコはキツさがまるでなく、吸ってる感覚にならない

なのでいくらでも吸えてしまう

しかし、このタバコでしか味わえない味、チョコレートと同じ風味らしい、が味わえて美味しい

 

 

結構好きだ

 

 

あんまり意味の無い記事になったが(というより中身がない)、いらないとすら思えてしまう

 

 

それだけ

 

 

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火を象徴するもの

今日は生まれて初めて自分の車の洗車をした。ガソリンスタンドで

ようやく今年毎月毎月行っている初めての体験の最後の締めができた

 

振り替えると今年はお酒、タバコ、童貞卒業、一人暮らし、母の日のプレゼント、就職の書類先行通った、焼肉屋のバイト、職業訓練、飲み会の幹事、学校に漫画を持ち込む、自分で自分の髪を切るなど、初めてに溢れた年となった

初めての体験というのは探せば見つかるものだと思うが、今年は20歳になり変化も多くバラエティに富んだ年で特に探しやすかった

来年からも続けようかな、初彼女もできてないし泣、彼女ができるまでとか

もうすぐクリスマスだけど結局彼女はできなかった……泣

 

 

 

さて、本題に入ると、今はいつも通り、既に日課になってきている、車でタバコを吸うということをしている

なので、車の中はタバコ臭くなっているが、それは洗車もしたことだし、窓の内側も拭いたし、これから気を付ける予定だが(窓を開けて吸うなどして)

そこで思い付いたのだが、タバコは一種の火を象徴する"もの"だと思う

だから、パッケージも赤いものを意識的に買っていこうかなと思った

が、多分実行はしない

青が好きだから

 

 

なんかタイトルは後半のものを表すのに、前半のほうがメインらしいブログ記事になってしまった汗

 

 

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もうすぐ20歳が終わる

あと二ヶ月ほどで20歳が終わる

 

そうなったら本格的に20代の大台に乗り、20代の仲間入りを果たす。

 

責任も増えると思う。

 

その時に困らないように、年下に教えられるような人間にならないように今努力をして自分をどうにかしていかないと

 

このまま歳だけ取っていって、常識のない頼りにならない弱気で挙動不審なタバコに溺れるおっさんになりたくないから、

今どうにかしていかないと。汗汗

 

頑張ろう汗

 

end

悲しい

今日実習先の社長の弟さんが経営する介護施設のバス旅行に付き添った。

 

そこには施設の利用者さんも参加していて、利用者さんとお話をしたり、一緒に歌を歌ったり、トイレや買い物の付き添いをしたり、前職以来、久しぶりに介護のようなことをした

 

周りの人は知り合いは一人しかおらず、その人も一度会っただけの人で、なので知り合いはいないに等しかった

だけど楽しかった

利用者さんもしっかりした人が多く、話すと楽しくて、介護もたまにやるのはいいなと思えた

職員の方々もいい人ばかりだった

 

 

本題に入ると、タイトルの悲しいの意味は、その職員の中の一人の若い女性がとても可愛く好みの顔で、その人と一日限りで別れるのが辛いな、悲しいなと思ったから

それと楽しかったからこそ終わるのが悲しいと思ったから

その二つがあり、それを伝えたくて、悲しいというタイトルにした

あと唯一いた顔見知りの人に帰りに家まで車で送ってもらい、自分も相手も漫画について詳しくて、車の中で漫画について語り、

そんなことは滅多にできないから、周りにマニアックな人がいなくて、それも楽しかったから

 

とにかく楽しいことが終わるのは悲しいと思えた、面白い物語が終わった時と同じように

その中に心惹かれる物語性があればあるほど

 

 

文章力と表現力が足らず、言いたいことを書ききれないが、別れ自体も悲しいものだと思う

誰でも思うことだろうが、大抵の人は。

 

 

それだけ

 

 

end

以前

職場の上司に、人生は選択の連続で自分で選んだことによって人生は変化すると言われたが、

確かにその通りだと思う

 

なぜ今日そう思ったかと言うと、電車に乗っていて少し変わった女性(普通の範囲内ではあるが)がいて、この車両のこの位置に乗らなかったらこの女性を見ることはなく、こんなタイプの女性もいるんだなと新しい発見をすることもなかった

この女性を見た経験はこの先も自分の中に残ると思う、いつか忘れるかもしれないが少なくともしばらくは人生に影響する

 

本当に普通の女性で、特に体が不自由だったりおかしな行動をするわけでもなく、

何となく変わった雰囲気を持つ女性だった

その女性がどういう女性なのか薄々わかってはいるが、その内容をこのブログでは書きたくないので隠しておく

その前にこの記事を書く自体にも少し罪悪感を感じている

 

 

なんだってネタにする仕事とある歌手が歌詞にしていたのを思い出す

このブログは仕事ではないが、自分自身その言葉には少なからず影響を受けている

 

自分も、歌手ではない、デザイナーでもないが創作を行う仕事に憧れていたことがあり、

その時にこの言葉を聞いて本当にそうだなと共感した

それ以降自分の考え方の一つになっている

 

 

結局人生は選択で溢れている、だけど限られたエリア内で自分という行動パターンが決まっている人間である以上、ある程度の運命は決まっていると思う、どの選択をするかというところまで神様に、運命、自分の使命によって決められているのだと思う。

結局上司の言葉を否定してしまったが、自分の考え方はこうだと気付いた。

冒頭の言葉は八方美人で上部だけで人の言葉に同意する自分だから出てきたんだと思う、本音は別にあるのに。

 

 

以上、なんか性格の悪い記事になってしまった。

あぁ……。

 

 

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